こだわり 大童澄瞳『映像研には手を出すな!』から
話題のマンガです。同時期にアニメ作品と実写ドラマになりました。ドラマでは、人気アイドルたちが主役を演じています。高校生たちが、学校で「映像研究同好会」を立ち上げ、アニメを作っていくというお話です。ちなみに私は、高校の時に「映画研究同好会」に所属し、8ミリ映画を作っていました。独自の世界観を持ちそれを映像化する実力を持ちながらも、超人見知りで人間関係が極めて苦手な監督と、容姿、家庭、生活の全てに恵まれていながら、最も好きなアニメーション制作だけが許されていない環境のアニメーター、映像にもアニメにも関心は無いが、お金には深い関心があり、アニメ制作環境を無理やり整えていくプロデューサー、全く違う個性の三人が、時にはボロカス言い合いながらも信頼し合って作品を作り上げていきます。ドライだけれども熱い、学園ドラマと言えます。
彼女たちの作品作りの原点は、「こだわり」と言えます。どんなにスケジュールが押しても、製作費がひっ迫しようとも、自分のこだわりを曲げません。他の人が「そんな細かいことで」と言うようなところに、自分の全てを掛けるかのようにこだわります。「これがしたくてやっている!」というものが、自分の中ではっきりしているのです。
イエス様も、自分のすべきことがはっきりしてらっしゃいました。宣教活動の最初に、聖書のみ言葉を用いて、自分は貧しい人の救いと解放のために生きるのだ、ということをはっきり宣言なさいました。この思いは、何があっても崩れませんでした。この世の繁栄と富を悪魔が見せようと、権力者が命を奪うと脅しても、イエス様の思いは、十字架に至るまで、決して崩れることはなかったのです。
私たちも、人生において何かしらのこだわりがあります。「これだけは」と思うものがあります。思い返してみると、私にもこだわりがありました。私が牧師になったのは、「二四時間、神様のことだけ考えて生きたい」と思ったからでした。今では、要らんことばかりしています。自分の原点に立ち戻らなければと思います。
京都聖マリア教会