2022年5月8日日曜日

使徒言行録13:15-16.26-33   ヨハネの黙示録 7:9-17   ヨハネによる福音書10:22-30


  やってみないと分からない。  


  使徒言行録13:15-16.26-33

  ヨハネの黙示録 7:9-17

  ヨハネによる福音書10:22-30


 周りの人がイエス様に言います。「メシアなら、はっきりそう言いなさい。」イエス様は言います。「私は言ったが、あなたたちは信じない。」聞く気がなければ、会話は成り立ちません。イエス様を信じる気がない人には、何を言っても、反論するか、攻撃するか、無視するかだけでしょう。

 イエス様は続けて言われます。「私が父の名によって行う業が、私について証しをしている。」イエス様は、人々を癒し、救う奇跡を行い、その奇跡を通して、愛の教えを人々に伝えられました。愛の行いの中に、イエス様の言葉はあります。

 イエス様は言われます。「私の羊は私の声を聞き分ける。彼らは私に従う。」イエス様の羊、つまりイエス様を信じる人々は、愛の業を行い、イエス様のみ言葉に出会います。続けてイエス様は言われます。「私は彼らに永遠の命を与える。」愛の業を行う者は、イエス様から永遠の命を頂けるとのことです。どうやら、愛の業の中には、すべてのものが詰まっているようです。もしかしたら、十字架も、愛の業の中にあるのかもしれません。誰かを愛するが故に、苦しみに出会う。愛の故に、悩んだり苦しんだりする。そのような経験を、私たちも多少はしています。愛の業の中には、十字架もあり、それだからこそ、復活の命も、神の国の希望も、愛の業の中にあるのでしょう。

 私たちは愛を行う時、イエス様に出会い、救われます。それは本当でしょうか。この答えは、頭の中だけで考えていても分かりません。やってみないと分からないのが、愛の特徴です。愛を行っていきましょう。きっと救いに近づきます。