2022年7月24日日曜日

創世記18:20-33   コロサイの信徒への手紙2:6-15   ルカによる福音書11:1-13


大きな願い、目の前の愛。 


   創世記18:20-33

  コロサイの信徒への手紙2:6-15

  ルカによる福音書11:1-1  


「求めなさい。そうすれば、与えられる。」素晴らしいみ言葉です。正に救いの福音です。けれども私たちは知っています。どれほど願っても変えられないことがあることを。私たちはどうしたら良いのでしょうか。それは、主の祈りです。私たちが主の祈りを祈り、実践するとき、私たちの願いは叶うのです。

 主の祈りの中の、特にこの二つの祈りに注目したいと思います。「御国が来ますように。」と「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください。」です。「御国」は全人類に救いをもたらすものです。「日ごとの糧」は、目の前の関心事です。主の祈りには、極めて大きな願いと、目の前の小さなこととが、並んでいるのです。主の祈りは、私たちが目の前の小さなことに誠実に取り組む時、大きな願いが叶えられていくことを、教えてくれています。

 イエス様は、全人類を救うために十字架に掛かられた時も、目の前の人々をこの上なく愛されました。私たちが、誠実に目の前の愛を重ねていくとき、どのような願いも、必ず叶うのです。

 私は今まで、ちょっと乱暴な言い方をしてきました。私たちの願いは必ず叶います。けれども、多分、多くの場合、願いが叶うまでには、長い時間が掛かります。また、具体的には、私たちが願ったような形のままでは叶わない事も多いでしょう。けれども私たちが、目の前の愛を行っていくとき、たとえ時間が掛かっても、たとえ思ったような形ではなかったとしても、きっといつの日か、「あぁ、自分の願いは叶った」と思う日が来る、と私は信じます。