2020年11月6日金曜日

主なる神は、弟子としての舌を私に与えてくださる。疲れた人を励ますように。 (イザヤ50:4-10)

 口の中にある舌は、私たちがしゃべるために必要なものです。おしゃべりするというのは、人間の大きな特徴でしょう。私たちは、言葉で様々なことをします。物事を説明します。要件を伝えます。時には「口喧嘩」という言葉もあるように、言葉で人を攻撃することもあります。けれども、言葉の本当の使い方は、人を励まし、支えることです。人を攻撃したり傷つけたりするためでなく、また人をだまして自分の利益を求めるためではなく、誰かを励まし、支え、元気づけ、その人がより生き生きと生きることができるように使うのが、言葉なのです。私は今まで、随分と間違った使い方をしてきました。私の舌も、私の口の中で、「使い方を間違っているぞ」と、私に文句を言っていることでしょう。私たちは、愛のために作られました。私たちの言葉も、愛のために使いましょう。

京都聖マリア教会HP     https://sites.google.com/view/nskk-org-kyoto-stmaria/main