洗礼者ヨハネこう言いました。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。」彼の使命は、自分の信仰を、後に伝えることでした。
私たちも、自分の信仰を後に伝えることが、重要です。今、私たちの大きな課題であり、また大きな苦しみは、信仰を引き渡すべき後輩たちが、少ないことです。京都教区の中には、後継者が居なくて、礼拝を中止している教会すらあります。今後の教会運営について考えてみても、なかなか、明るい未来は思い描けません。けれども本日の旧約聖書の中にはこう記されています。「草は枯れ、花はしぼむが、私たちの神の言葉はとこしえに立つ。」目に見えるものは滅び去るかもしれません。けれども、神様のみ言葉は、決して滅びることは無いのです。形ある教会は、もしかしたら滅び去るかもしれません。けれども、私たちの信仰は、神様のみ言葉と共にあり、決して無くならないのです。この世界には、私たちの信仰を引き継いでくれる人々が、きっとたくさん居ることでしょう。今はまだ、その人々の姿が見えませんが、未来の世界に、きっとたくさんいるのでしょう。
イエス様が十字架に掛かられた時、弟子たちは逃げてしまいました。イエス様はご自分の信仰を、神様に委ねられました。イエス様のご復活の命は、戻ってきた弟子たちだけでなく、多くの人々に伝わっていきました。イエス様の信仰は、確かに引き継がれたのです。
私たちの信仰は、今はまだ姿の見えない誰かに、必ず伝わってゆきます。私たちは、今、この時に、信仰を深めてゆきましょう。