私の十字架。 創世記22:1-14
ローマの信徒への手紙 8:31-39
マルコによる福音書8:31-38
イエス様は言われました。「自分の十字架を背負って、私に従いなさい。」「自分の十字架」、とは何でしょうか。
「十字架」という言葉を使うくらいですから、それは、苦難を伴うものでしょう。イエス様はこの言葉の前に、「私の後に従いたい者は」と言われました。イエス様の道は、すべての人を救う道です。ですから、「自分の十字架」とは、みんなを幸せにするものでしょう。またイエス様は、「私のため、また福音のために命を失う者は、それを得る」と言われました。「自分の十字架」は、自分の命を救うもの、つまり、自分を幸せにするものでしょう。
苦難を伴うものでありながら、みんなも、自分も幸せにするもの、それが「自分の十字架」です。では、「私の十字架」とは一体何だろう、と考えてみました。いろいろ考えてみたのですが、分かりませんでした。だから、これから探し求めていきたいと思います。「自分の十字架」とは、一人一人が祈り求め、探していくものなのだと思います。
「自分の十字架」は、イエス様から頂いた使命でありながら、けれども決して押し付けられるものではありません。拒否することもできるでしょう。けれども「十字架」の後には「復活」があります。「自分の十字架」を背負って歩んでいけば、きっと「自分の復活」があることでしょう。イエス様の招きは恵みの招きです。自分の十字架を背負って、愛の道を歩みたいと思います。