まず愛する。
使徒言行録5:12-29
ヨハネの黙示録 1:9-19
ヨハネによる福音書20:19-31
トマスは言いました。「見なければ、私は決して信じない。」社会的に正しい態度はこうです。「見てから、信じるかどうか判断する。」そしてイエス様はこう言われます。「見ないのに信じる人は、幸いである。」これはどういうことでしょうか。それは、「見る前から、しなければならないことがある」と言うことかもしれません。見る前からすると決めておくこと、それは、愛です。相手を見てから、愛するかどうかを決める、ということにはならないのです。イエス様は「敵を愛しなさい」と言われました。敵をも愛するなら、私たちには、愛さなくていい人は誰もいないのです。私たちは、まず愛するのです。ただ、具体的な愛し方は、その人を見てから、その人に合った形を判断することになります。
信じることも、同じなのかもしれません。「信じる」とは「信頼する」という意味です。イエス様は、私たちに、疑うよりもまず信頼してみなさい、と言われているのかもしれません。
イエス様は、全ての人を救うために十字架に掛かられ、全ての人に復活の命の希望を与えられました。全ての人です。2000年前にユダヤに居た人だけではありません。イエス様は、まだ見ていない私達のために十字架に掛かられたのです。「見ないのに信じる人」とは、イエス様のことでもあったのです。