2022年12月6日火曜日

ヨハネは・・・自分の弟子たちを送って、尋ねさせた。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、他の方を待たなければなりませんか。」イエスはお答えになった。「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。私につまずかない人は幸いである。」(マタイ11・2-6)

 笑ってよ、僕のために。


映画『パッチ・アダムス』から

ヨハネは・・・自分の弟子たちを送って、尋ねさせた。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、他の方を待たなければなりませんか。」イエスはお答えになった。「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。私につまずかない人は幸いである。」(マタイ11・2-6)

 実在のお医者さんの生涯を映画化した作品です。彼は、自分が入院したときの体験を通して、病人の回復のためには、「笑い」が非常に効果的であることを確信します。彼は医大に進み、患者さんの前で、まるで道化師のようにおどけ、笑わせます。そこから彼は、厳しい医療行政に苦しむ患者さんのために、無料の診療所を作り、仲間たちと共に、懸命に活動していきます。
 「笑い」を大切にしたお医者さんを演じたのは、稀代のコメディアンであり俳優のロビン・ウィリアムズです。彼の抜群の芸と笑顔、その瞳の奥に燃える情熱の炎、聞く人々の心を揺さぶる演説は、映画の観客をも癒してくれるかのように力強いです。
 このお医者さんの生涯は、まるでイエス様みたいだなと思いました。目の前の患者さんのために自分の力と心を全て使う姿、自分の立場よりも患者さんの救いを何より優先する姿、そして周囲の人々の無理解によって厳しい迫害を受ける姿など、どれもイエス様のようです。彼は、医師免許を持たずに治療していると告発された時、次のように弁明します。「私がしているのは、苦しみ、助けを求める者に、家のドアを開き、勇気づけ、熱が下がるように冷たい布を当てることです。それを治療行為と呼ぶなら、私は有罪です。」「病気と闘う場での一番の敵は無関心です。」これらの言葉は、イエス様の愛の教えと、全く合致するものです。
 私はこの映画を見ながら、「もしかしたらイエス様も人々に『笑い』を与えたのかもしれない」と思いました。そう思いながら聖書を読むと、新たなイエス様の姿が見えてきました。権力者を風刺したり、野の花空の鳥を、まるで王様、女王様のようにおどけて扱ったり、屋根に空いた大きな穴を見て大笑いしたり、「右の手の業を左の手に知らせない」パントマイムをしたり。そして十字架の上でさえ、「地面より高い分、天国に近いね」と隣の犯罪人に話したり、「こんなに曝されたら、カラカラに乾いてしまう」と言ってみたり、そして復活の時も「おはよう!こんにちは!こんばんは!」とおどけてみたり。
 イエス様は、笑わせるにしても、そうじゃないにしても、自分の命を全て用いて、人々の救いのために、懸命に生きられました。これは、間違いありません。