先日、1か月以上前になりますが、親と共に、親の故郷に行ってきました。そこは農村地帯であり、山間の狭い平野に、田んぼや畑が広がっていました。昼食をとっていると、お店の窓を通して、田んぼの刈り入れの様子が見えました。大きな機械を使って作業を行っておられ、私たちの食事が済むころには、一つの田んぼの刈り入れが終わっていました。機械が導入されているとはいえ、農作業は、昔も今も苦労が多いものだと思います。「一粒のお米にも神様が」と言いますが、私たちが日頃何気なく食べている食料の一つ一つが、農家の方々のたえざるご苦労によって、手元にあることを覚えます。聖書には、神様の教えが、農業にたとえられているところが多くあります。畑にまかれた種が大きく実って実をつけた時には、農家の方は大きな喜びに包まれたことでしょう。同じように私たちが、神様の教えを受け入れ、実行する時には、神様は喜んでくださることでしょう。愛の行いは、人を助け、神様を喜ばすのです。愛の道を歩みましょう。
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