ともだち アニメ『宇宙よりも遠い場所』から
わたしはあなたがたを友と呼ぶ。(ヨハネ一五・一五)
数年前に放映されたアニメ作品で、このたび再放送されました。
「宇宙より遠い場所」、それは南極です。母親が南極で行方不明になった高校生を中心に、四人の若者が南極を目指す物語です。それは困難の連続です。それでも彼らは懸命に目標を目指します。その姿に私は、またもや毎回、涙、涙です。
ある時、彼らは尋ねられます。「あなたたちは友達なんでしょ。」彼らの答えは「違う」でした。実は彼らは、人間関係にトラブルを抱えています。具体的には友達がいません。「南極に行く」との思いを馬鹿にされ続けてきた子、引っ込み思案で何一つ上手にできない子、いじめに遭い高校進学を断念した子、タレント活動で忙しい子、みんな友だちの居ない寂しさを抱えています。そんな彼らは、互いに友だちになって寂しさを埋め合う、と言うことをしません。彼らは決して性格が似ている訳でも、気が合うわけでもなく、もしかしたら仲良しでもないかもしれません。けれども同じ目標をもって共に苦労する者であり、あえて言うなら、仲間、同志なのです。
改めて考えてみれば、「友だち」とは、随分とあいまいなものです。友だちの定義とは何で、どこからが友だちか、なんて誰にも分かりません。そのようなあいまいな「友だち」に、私たちは随分と振り回されているように思います。私たちが求める理想の「友だち」は、存在しないのかもしれません。けれども振り返ってみれば、私たちには多くの、大切にすべき「仲間」「同志」がいるのです。
イエス様は私たちを、「友」と呼んでくださいます。この「友だち」も、随分と特殊なものです。イエス様は私たちの罪の贖いのために十字架に掛かり、私たちにも「自分の十字架を背負って私に従いなさい」と言われます。そんな「友だち」なんて、聞いたこともありません。イエス様は、私たちと一緒にお茶を飲んだり、愚痴を言い合ったり、遊びに行ったりはされないでしょう。けれども私たちが苦しみ悩む時には、必ず共に居てくださいます。イエス様は「救い主」と呼ばれる友だちなのです。