2021年7月23日金曜日

こういうわけで、私たちもまた、このように多くの証人に雲のように囲まれているのですから、すべての重荷や絡みつく罪を捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか。信仰の導き手であり、完成者であるイエスを見つめながら、走りましょう。(ヘブライ12:1-2)

  聖書では、信仰の歩みを、競走にたとえています。陸上競技ですね。団体競技ではない所が面白いと思います。基本的には一人で足るものですよね。もちろんコーチや仲間など、支えてくれる人はいますが、競技の最中は、一人で走ります。私はスポーツが苦手なのでよく分かりませんが、よくアスリートの方が、「自分との闘い」と言われていることを思い出します。誰かと戦うよりも、まず、自分の気持ちと戦って、自分を鍛えるものなのだと思います。それが、信仰とたとえられるのです。信仰も、まず、自分との闘いなのかしれません。楽ではないのかもしれませんが、走った先には、きっと素晴らしいゴールがあるのでしょう。


京都聖マリア教会


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